リンクシェア スペシャルインタビュー

普通の家電はつまらない 美しいカデンをつくりたい。 熊本氏の「作る」ことへのこだわりからamadanaの誕生秘話、販売戦略にしゃちょーがせまった。

立方体や長方体といった移住空間と調和し、素材は天然木やレザーを利用。部屋にあると独特の存在感を放つamadanaのカデン

一般に冷蔵庫、洗濯機などをはじめとする家電は白物家電とよばれるように「白」を基調としたものをが多く、どのメーカーの製品を購入しても、佇まいや機能は似たり寄ったり。でも、そんな家電のイメージを覆したのが、amadanaの「カデン」

amadanaブランドをはじめ2種の家電ブランドを展開するリアル・フリートの熊本社長にお話を伺った。

「作り手」となったきっかけ、そして「デザイン」への興味

大学時代まで野球一筋だった熊本氏は「しゃちょーが行く」のミズノ編を読み込んでいたこともあり、今回の対談はそんなところからスタートした。前回、しゃちょーがミズノで目の当たりにしたのは、プロの職人による匠の精神。同じくモノの作り手という立場である熊本氏はどう感じているのか?

花崎

大学時代は名古屋で野球をやられていたんですよね?ミズノの養老工場のことはご存知でした?

熊本氏:

えぇ。もちろん知っていました。でも、アマチュアだった私は工場まで行く機会などなかったので、あのミズノの記事にはビビビって反応しましたよ。
当時からグラブとバットといったら「ツボタ」「クボタ」でしたから(笑)。グラブだと裏にどちらの職人さんが作ったかの刻印が入るんですよね。当時もグラブ裏を見て、こ、これは坪田さんのだ!ってドキドキする、そんな存在だったんですよ。

前回、しゃちょーがミズノで目の当たりにしたのは、プロの職人による匠の精神。同じくモノの作り手という立場である熊本氏はどう感じているのか?

熊本氏:

僕はどちらかというと作り手でもエンジニアや職人ではないので、自分と領域が違う分だけ、憧れというか尊敬の気持ちはすごくありますね。

熊本氏は、実家が家電販売店を営んでおり、物心ついたときから最新家電に囲まれて育った。でも、小学生の頃は電器屋に生まれたことをあまり幸せだとは感じていなかったようだ。

熊本氏:

単純に・・・普通のサラリーマンの家庭に生まれたかったという理由なんですけどね(笑)。店番をしなくてよい家、玄関から家に入れる普通の家庭に生まれたかった。社名の入っていない車に乗りたかったし、取引先の営業担当者に毎回挨拶したりするのも嫌だなって...

花崎

では、その頃からこういった業界に来ようと思っていたわけではなかったのですか?

熊本氏:

全くなかったですね(笑)。むしろ絶対嫌だと思っていました。業界も、商売をするということも。普通のサラリーマンに憧れていましたから。野球にのめりこんだのも、その反動だったと思うんですよ。

家電屋になる気は全くなかったという熊本氏。しかし今現在、その家電を作り出す立場にいるというのは、幼い頃からいろんな家電に触れ、最新機能やデザインの変遷を体感してきた積み重ねあってのこと。そういう認識はご本人にもあるという。

熊本氏:

振り返ると、その当時は単純に電器屋というのがいやだったんだなぁ、と思うんですよね。しかしそうは言っても電器屋の息子ですから、小学生時代から自分で配線もしていましたし、家には常に最新の家電が並んでいたわけです。
当時は一般の方ですと電器屋さんに行く機会ってそうそうがあるものではないのですので、その頃から植え付けられたものはあったんだと思うんです。

大学時代に、自宅の冷蔵庫に色を塗ったと笑う熊本氏。潜在的な意識の中で、今ある姿を想定していたかのようにも思える。野球か仕事か。社会人への第一歩についてうかがった

熊本氏:

野球の道に進むというのも一つの選択肢でしたが、仕事と野球の両方に情熱を傾けるのはちょっと違うかな、と。ちょうどその進路で迷っている時、大学の授業の一環として、ポーラ化粧品の鈴木社長(当時)から、デザインとモノづくりに関するお話を伺う機会がありました。
その授業のテーマはイタリアのデザインについてでした。当時、イタリアは中小企業ばかりで産業に乏しかったので、デザインを国益に変えたという話でした。
その頃は『デザイン』というジャンルに対する注目度は低く、自分自身もアルバイトなどの経験から、営業とか売り込みが得意だという意識を持っていたのですが、このお話を聞いて『作る』ということに興味がわいてきたんですね。「ああ、デザインかぁ」と。

電器屋の息子という立場でありながら、家電を誰かが作っている、という意識を持ったことがなかったと熊本氏。このときに初めて『作り手』という立場に意識が向き、作る方がすごいなと直感的に感じてメーカーへの就職を考えるようになった。

花崎

ということは、社会人になる前からその『デザイン』に意識はお持ちであったと?

熊本氏:

ありましたね。物を作りたいからメーカーに入る、入ったら物を作る部署に行きたいという強い気持ちを持っていました。ただ、そうはいっても自分のバックグラウンドは電器屋であるだけで、エンジニアでもないので、実際にどうやって関わるかはまったくわかっていなかったですけど(笑)。

投稿者: リンクシェア 日時: 2008年9月29日 15:04 パーマリンク
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